医療法人博侑会 吉岡医院
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25年越しの夢

2021年10月27日

少しずつ寒くなってきましたが、
皆さんお変わりありませんでしょうか。

今回のブログはちょっと個人的なことで、
皆様のお役には全く立たないものですので、
無視していただいても結構です。

 

では、始めさせていただきます。

私はオリックスファンです。

オリックスファンは通常、
自分がオリックスファンであることを
無意識のうちに隠して生きています。

なぜなら、
なぜ応援しているのか、
理由を聞かれるからです。

それくらい優勝から遠ざかり、
さらにはAクラスにも入ることもできず、
昨年、一昨年は最下位でした。

 

本日の試合でロッテが敗戦したことで、
オリックスバッファローズが実に25年ぶりに
パリーグのレギュラーシーズンを制覇しました。

25年ぶりとなると、
多くのオリックスファンにとっては、
すぐには実感がわかないかもしれません。

私もそうです。
どう喜んでいいのか正直分からないです。
ただ時間とともにじわじわ喜びがわいてきます。

 

思い返せば、
私が小学生1年の時にかぶっていた帽子には、
赤い字で「H」の文字が刻まれていました。

当時の阪急ブレーブスは、
福本豊、山田久志、ブーマーなどタレントぞろいで、
いわゆる常勝軍団でした。

この時から阪急を応援していました。
小学生低学年の頃です。

また仲の良かった同級生のお父さんが、
阪急の関係のお仕事をされていて、
時々西宮球場に誘っていただいたり、
有名選手のサインを頂いたりしました。

当時の西宮球場はいつ行ってもガラガラで、
声を出しての応援など、シャイな小学生には
恥ずかしくて一切できませんでした。

スタジアムにはブレ―ビーというマスコットがいて、
子供たちに大人気で、
並んで帽子のつばにサインをしてもらいました。

通訳はバルボンという黒人の元阪急の選手で、
ブーマーなど外国人選手のヒーローインタビューの時は、
だいぶ適当な通訳を関西弁でしていたのを覚えています。

 

でも珍しい試合にも遭遇しました。

星野伸之のプロ入り初勝利の試合や、
送りバントしかしなかった2番弓岡の
満塁ホームランを見たりしました。

西宮球場に応援に行く日は、
それはそれはわくわくして、
朝からずっとにこにこしていたので、

母親からは、
「塾もそれぐらいにこにこして行きなさい!」
とよく言われました。

 

そんな愛すべき阪急ブレーブスでしたが、
1988年にオリックスに身売りされました。

チームカラーも赤から青に変わり、
Bravesという愛称も、
3年後にはBlue Waveに変わりました。

中学から高校になるころの多感な頃で、
阪急の消滅は私には大きな衝撃でした。
もうファンを辞めようと決意しました。

しかし、なかなかやめられないものです。
試合の結果は気になるし、
やはり負けると悔しいです。

 

そんな煮え切らない私を
再びオリックスに引き寄せたのが、
イチローの活躍でした。

大学生だった私は野球部の友人と、
グリーンスタジアム神戸に出かけました。

当時のオリックスには
後にメジャーでも活躍した田口もいて、
仰木監督の下強いチームでした。

このころの正捕手が今回優勝を果たした
オリックスの監督の中嶋聡でした。

そして1995年1月の阪神淡路大震災の年、
「がんばろうKOBE」を合言葉に、
悲願のリーグ優勝を果たしました。

そして翌年にはリーグ連覇、
さらに日本一にも輝きました。
オリックスの時代が続くかに思われました。

その後2000年に
イチローがメジャーリーグに移籍したころから、
オリックスの低迷は始まりました。

今回優勝するまでの約20年の間、
Aクラスに入れたのはたったの2回のみ、
最下位に沈むこと実に9回です。

監督も13人交代しています。
これでは選手もまともに育ちません。

私もイチローは応援していましたが、
オリックスに対する興味は
徐々に薄れていきました。

そして2005年には球団再編により、
「大阪近鉄バッファローズ」と
「オリックス・ブルーウェーブ」が合併し
現在の「オリックス・バファローズ」が誕生しました。

まさにカオスの時代。
うまくいくはずもなく低迷は続きました。

 

それでもいい選手は育ってきていました。

資金力のないオリックスは、
セ・リーグの某球団のように、
他球団の大型選手を引き抜くことはできません。

どちらかというと
あまりに弱いのでいい選手はFAを利用し
他球団に出ていく傾向がありました。

そんななかバッターでは吉田正尚、
ピッチャーでは山本由伸など
いい選手が育っていました。

そこに昨年途中から中嶋監督が就任し、
前年度6位から今年一気に優勝をしました。

 

正直ロッテとのデッドヒートには、
毎日気が気ではありませんでしたが、
神様は最後にはオリックスに微笑み
25年越しのプレゼントをくれました。

毎年早々と5位、6位の位置に定着すると、
後半戦には興味をなくすシーズンが続いていたので、
優勝るするチームを応援するのがこれほど苦しいことか、
この年になって初めて知りました。

そして選手と一緒に勝った時は喜び、
負けた時には悔しがる、
その野球の楽しみを思い出しました。

 

若手生え抜きの選手が育ったオリックス、
ひょっとするとこれから黄金期を
迎えるかもしれません。

なぜなら
投打にタイトルをとった選手が
目白押しだからです。

投手では山本由伸が最多勝をはじめ投手5冠、
宮城はそれに次ぐ成績、
打率1位吉田正尚、ホームラン王杉本など。

そのほかの若手でも
今年飛躍した選手もいます。

印象深かったのが、
山本由伸と田中マー君が投げ合った、
今シーズンの最終戦です。

オリックスにとっては
絶対に負けられない試合でしたが、
山本由伸は完投完封で勝利しました。

打っては高卒2年目の紅林(くればやし)が、
マー君からしぶとくタイムリーを放ちました。

よく比較にならないものの例えで、
メジャーリーガーが高校生相手に
試合するようなものだ、といいますが、

2年前までマー君はメジャーリーガー、
紅林は高校生だったのです。

それがこの優勝をかけた試合で、
元メジャーリーガーからタイムリーを打つのですから、
相当な精神力の持ち主です。

首位打者の吉田が終盤に骨折で離脱した後、
彼がその打順を任されたわけですから、
どれだけ期待値が大きいかわかりますね。

紅林は「オリックスの未来」といわれています。

これだけの若手のタレントを揃えれば、
来年以降もしばらくは
いい戦いができると思います。

 

オリックスとオリックスファンの皆様
25年ぶりのパリーグ制覇、
本当におめでとうございます。

リーグ制覇だけでも十分ですが、
これからのファイナルステージ、
日本シリーズも期待しています。

 

吉岡医院  吉岡幹博